[あとがき]
簡単に、100日後にラジオドラマにするんじゃ!と狼煙をあげたのはいいが、そのためにやらねばならないことが思ったよりもたくさんあった。脚本があれば、なんとかなるじゃろう〜と、たかを括っておったが、よくよく考えてみれば、準備することがいっぱい。そ…
また会えたときに、の私の奇跡のくだりで出てくる、青年の人形劇。この部分は、尺の関係上、大きくカットせざるを得なかった。あれは抜粋して脚本にしたのだ。実は当時の人形劇の内容をその後私が盗み、ほぼ同じ内容で15年ほど病院や公民館などで上演してき…
野田さんの悲鳴はこちら 私の記事に、軽いクレームがついた。ご本人からである。しかし、これは誹謗中傷ではないぞ。4文字熟語で言うと、、、なんだろう。野田さんへの、『叱咤激励』ってほどでもないな。鼓舞激励。でもない。4文字熟語ひとつだけでは説明…
けんごさんのお話の3日前の物語。のぶさんに聞いた話と、のぶさんノートと、福井の友人とのやり取りと、私の想像力でまとめてみる。野田さんは、青函連絡船に乗り北海道に渡ります。そこから登別(のぼりべつ)のオロフレまで走り抜いていきます。青森のさゆ…
野田さんに、旅に出た理由を尋ねたのは、のぶさんだった。遺品の手帳はA4サイズあり、その中にびっしりと美しい文字でネタが詰まっている。そのネタのほとんどが野田さんのことばかり。なぜ、そんなに惚れ込んでいるかはまた後日。今日は、また会えたときに…
また会えたときにのドラマにはない物語があります。娘の手紙は二枚あって、一枚は私宛。もう一枚は、のぶさん宛。まずはお読みください。お父さんへお父さん、お母さんのことを大好きでいてくれてありがとう。お母さんも、お父さんのことが大好き。二人が、…
野田さんとのやりとりは、実は緊張する。メールを投げてから返信が届くのはすぐ、のときもあるけど、2週間音信不通のときもあったりして、忙しい時にメールしたのかな、返しにくい内容で送ってしまったな、私のばかばか、、と心がなぜか乱れてしまうのだ。…
奇跡という言葉は、私にとっては「嘘」だった。娘が生き返ることこそが奇跡であって、それは永遠にあり得ない。ありえないことが起きてこそ奇跡だから、奇跡はこの世に存在しない。とまで思っていた。しかし、野田さんの出現によって、私は生きていていいの…