また会えたときに

これは、我がオットの遺した手記による、実話に基づいた物語です。

【後書き】7 30年前の人形劇ノーカット版

また会えたときに、の私の奇跡のくだりで出てくる、青年の人形劇。この部分は、尺の関係上、大きくカットせざるを得なかった。あれは抜粋して脚本にしたのだ。

実は当時の人形劇の内容をその後私が盗み、ほぼ同じ内容で15年ほど病院や公民館などで上演してきたこともあり、その内容の面白さと斬新さと温かみを皆様にお裾分けしたいと思い、

とても長いのですが、ここに掲載することにしました。

私の記憶を余すところなく書いているので、もしかすると読みづらいかもしれません。もし、途中で投げ出したくなったら、コーヒーやお茶を飲みながら、休憩して最後までお読みいただけたら嬉しいです♪

人形劇を一人でやる技と、素敵なストーリー展開や、大人でも胸に響く内容、現場に居た私の感動が、少しでも皆様に伝わればいいなと思います。

これから芝居を志す少年少女達にも読んでいただきたいし、子育てに悩んでいるお母さんにも読んでいただきたい。


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階段の先にある境内の方から微かに声が聞こえる。ここでも人形劇をやっているのだろうか。

 

「今日だけの、飛び入り人形劇!大阪からバイクで旅する人形劇!楽しいよ!でもちょっと悲しいよ!」

 

え?ちょっと悲しいって?人形劇に、悲しさもくっつけるの?バッドエンド?ありえないなあ。私はその声の元へ急いだ。はっきり声を聞きたい。

 

「ちょっと悲しいけど、可愛いよ!小さいけど、元気だよ!」

 

声がだんだん近くなってくる。神社の境内と、周りの空間に美しく響き渡る声。

 

全身黒づくめの青年は大きく手を広げ、両手に人形を持ち、子どもたちと会話をしながら期待感を盛り上げている。

あ、私に気づいたみたい。人形が私に向かって喋ってくる。

 

「暑いから、日陰に入って見てくださいね〜!」

 

はっとする。人形に言われたのに、人間以上の温もりを感じてる。自分も人形に向かって「あ、ありがとう」なんて声も出しちゃって。

 

日陰に入って涼しい風を感じながら、子供たちやその親たちが用意されたシートに靴を脱いで座っていく。これから始まる人形劇に心躍らせて、親子が笑顔で見つめあっている。それを見ながら、微笑んでいる自分がいる。

 

私は一人、木陰で佇みながら、始まるまでの空気を楽しんだ。その空気がカラスの一声で笑いの空気に包まれた。

 

カアー!カカカカ カアー!カカカカ

 

とリズミカルな鳴き声だったのと、その声を青年がとっさに活かしたからだ。

 

「っと、カラスさんも言っていますのでそろそろ始めましょう!」

 

スタートの合図にしたおかげで、カラスの邪魔が、一瞬で邪魔にならなくなってしまった。子どもたちはカラスに向けて、一種の尊敬の念すら浮かべることになる。

 

大きな通る声は、神社の空気に溶け込み、竹林から聞こえる風の音に乗せて、私の中に静かに染み込んでいる。

 

良太 「あ〜あ。ヤンなっちゃうな〜」

 

この一言から始まる。これだけで子供が爆笑してる。

 

何にやんなっちゃうのかわからないけど、わかるよ〜と共感しているのだ。
子供たちの驚異の共感力を青年はわかっている。

 

良太 「どうしても食べなくちゃいけないのかなあ。」

 

子どもたちから声がかかる。

 

「食べなあかん!大きくなれんよ!」

 

良太 「ええ〜〜〜どうしても?」

 

人形と子どもたちが当たり前のように会話してる!?人形劇ってこんな感じだったかしら?私が見てきた人形劇は全て、一方的な物語。昔ながらの伝統的な手法であった。この人形劇は対話形式だ。

 

良太 「はあああ。」

 

「慣れる慣れる!」「大丈夫よ〜!」「頑張れ!」「最初はみんな嫌い!」

 

ここで良太はすかさず

 

良太「嫌いじゃないんよ。大好きなんだ!大好きすぎて、、、食べられない。」

 

子どもたちはシーン..となる。今までの喧騒が嘘のようだ。混乱している。

 

良太 「あ、来た。。おはよう、大根くん」

 

大根 「おお〜!良太くん。。。ん?どうしたんだい?浮かない顔をして」

 

良太 「う、うん。」

 

大根を、親に食べなさいと言われているけど、食べられない。それは嫌いなんじゃなくて、大根さんのことが大好きすぎて食べられないという葛藤が現れている俯き加減と、生返事。上手い。

 

大根 「何か辛いことでもあったのかい?」

 

良太 「いいんだ。大丈夫。さ、遊ぼう!あれ?今日はにんじんさんは?」

 

大根  「あ、にんじんさんは、今日はカレーの日だからね。今は鍋のなか。」

 

良太  「え!そ、そうか。。(寂しそうな表情)じゃあゴボウさんは?」

 

大根  「ゴボウくんはお寝坊さんだからまだ起きてないと思うよ」

 

ごぼう  「ひどいなあ。もう起きてるよ〜」

 

え?ここでゴボウが出てくるの?青年の手は二本しかない。のんびりした声のゴボウのセリフの後、良太と大根の間ににょきりと出てきた。

 

良太  「うわ!びっくりしたなあもう!突然出てきて!」

 

大根  「ぬっはっは!ゴボウくんらしいぞ!ぬっはっは!」

 

ゴボウ  「ハハハッハハア〜〜!大成功〜!」

 

どうやって動かしているの?もう一人いるの?不思議な三人のやりとりと、一人で3体の人形を扱う技を持つこの青年に、私の心は鷲掴みにされた。ゆらゆら揺れながら、か細い声でしゃべるゴボウと、大きな体を上下させてしゃべる大根と、可愛い仕草で子供らしい表現をする良太。それぞれが、それぞれ違う性格で、それぞれ違う声で演じ分けられている。

 

物語はやがて、カレーの具材になったにんじんさんの話に移っていた。

 

大根  「だから良太くん。僕もゴボウくんも、食べてもらえるから嬉しいんだよ。」

 

良太  「うん。。。」

 

ゴボウ  「にんじんちゃんも、喜んでると思うよ〜!」

 

良太  「ほんとに?」

 

にんじん  「ほんとよ〜!」

 

ええっ!?ここでにんじんを出すの?3体でも難しいだろうに、4体目は一体、、、と思っているうちに登場したにんじんちゃん。

 

頭に、死者が付ける白い三角の天冠(てんかん)をつけて、中空を舞っている。幽霊か!

 

良太  「あ!ニンジンちゃん!」

 

大根  「おお〜!いい顔になったな!」

 

ゴボウ  「今度もまたニンジンに生まれ変わるのかい?」

 

ニンジン  「もちろんよ〜何回でもニンジンに生まれ変わるわよ〜!ね。良太くん。聞いて」

 

良太  涙を拭いて「なあに?」

 

ニンジン  「私はね。こうして人間に食べられて天国に行ったけど、死んだんじゃないの。カレーライスの大好きな人間が、私を美味しそうに食べてくれて、その栄養が人間の体に吸収されて、その人間が健康になって、またにんじんを育ててくれて、そのにんじんをまた誰かが買ってくれて、そして、また美味しい美味しいと食べてくれるの。」

 

良太  「でも。。。」

 

ニンジン 「でも、、なに?」

 

良太  「でも、人間に噛まれたら痛くない?」

 

そこでニンジン、大根、ゴボウの3体がズルッとずっこけたのだ。ずっこけた瞬間、子どもたちが大笑い。溜まっていたエネルギーを爆発させるかのように皆笑った。

 

大根  「良太。そんなことで悩んでいたのか!ぬっはっは!」

 

ゴボウ 「そうかそうか。痛いと思っていたのか。ハハハ!」

 

ニンジン 「優しい子。。私たち野菜は、噛まれると、それぞれが違った音を出せるの。それは、音楽なのよ。人間が私たちを噛むと、音が鳴って、それは私たちにとっての、感謝の音楽になるの。音楽の後は、人間が動くことができるようになるためのエネルギーに変わっていく。神秘的で素晴らしい時間が、食べる時間なのよ」

 

良太  「音楽。素晴らしい時間」

 

〜歌〜

大根  そうさ〜!「やさいっ 俺たちやさいは 音楽だ」

ゴボウ 「やさい〜 僕たちやさいは エネルギー」

ニンジン 「やさい 私たちの願いは みんなの笑顔と健康」ほら良太も歌って

良太  「野菜♪ うん食べるよ 音を鳴らして シャキ! ポリン! ザク!」

大根  「シャキ!」

ニンジン 「ポリン!」

ゴボウ  「ザク〜!」

大根  「シャキ!」

ニンジン 「ポリン!」

ゴボウ  「ザク〜!」

 

歌に伴奏がないのに、子どもたちには伴奏が聞こえているかのように、体を揺らして口ずさみ始めた。それを見計ったかのように

 

大根  「さあみんなも一緒に歌おう!」

 

全員で シャキっポリンっザク〜!シャキっポリンっザク〜!シャキっポリンっザク〜!シャキっポリンっザク〜!シャキっポリンっザク〜!シャキっポリンっザク〜!

 

良太  「わかった。」

 

突然合唱が止む。子どもたちも一気に静まる。良太の言葉を待つ。

 

良太  舞台中央に躍り出て「わかったよみんな。ありがとう。」

 

観客である子どもたちに向けてお礼を言う良太。子どもたちは、誇らしげな姿勢になる。

 

良太  「僕、今日から野菜を食べられる。みんなの歌声を胸に、今日から野菜と一緒に音楽を奏でるんだ。そしてそれをエネルギーにする!!元気を出して生きるんだ!もううつむいたりなんかしない!」

 

背中がジワーっと熱くなった。その良太の絶叫が、神社の結界を破り、セミの鳴き声が消え、飯田の街にその決意が浸透したかのようだった。最後に良太はもう一度言った。

 

良太  「みんな一緒に歌ってくれて、本当にありがとう!!!」

 

そう言って、大きくうなずく大根を抱きしめ、ゆらゆら揺れるゴボウを抱きしめ、空飛ぶニンジンちゃんに手を振り、舞台後方に消えていった。野菜も静かに舞台から去っていく。静かにゆっくりと。余韻を楽しませるように、ゆっくりと。

 

BGMもなし、舞台背景もなし、一人で一挙4体の人形を操ってのお芝居は、今まで観た中で一番驚いた。楽しかった。心から感動した。

 

青年  「みんな〜ありがとう〜!最後まで観てくれたね〜!あー嬉しい!」

 

青年は本当に嬉しそうに、舞台袖から子どもたちの前に出て挨拶を始めた。次は1時間後にまたここでやるよ〜!お友達を連れて見にきてね〜!と宣伝活動も余念がない。

 

野菜が嫌いな子どもたちも、これで野菜を食べられるようになるかもしれない。

 

と思った瞬間に気がついた。

 

違う。

良太は、野菜が嫌いだとは言っていない。噛むと痛いだろうから食べられなかった。味どうこうの問題ではない。

しかし、野菜ぎらいの子供と同じく、野菜を食べられない。食べたくないのだ。

 

新しい伝え方だ!野菜が苦手な子どもの言い訳を逆手に取ったストーリー展開。食べられない結論は同じで、食べられるようになる手段を音楽とエネルギーで納得させている。

 

なんなんだこの人形劇は。

 

昔から伝わる昔話や古典芸能もいいが、こうした創作オリジナルも面白い。もう一度観てみたい。他の人形劇は明日にして、この青年の人形劇を今日は堪能しよう。

 

 

そう決めて、1時間後、また同じ場所に訪れた。

 

人形劇は、1回目の演目とは全く違う内容だった。

 

良太は美味しく野菜を食べる少年となっており、今度は大根が悩む番だった。その悩みとは、大根の皮を捨ててしまう人が多いという事実。

皮剥き機がもてはやされて、美しく剥けてしまう大根の皮。勿体無い。その皮をみんなならどうやって活用するか。を、観客と一緒に考えていく。

途中参加のゴボウがまたいい味を出してくれる。僕なんか、皮を剥いたら実がなくなっちゃう。寒い寒い。とぶるぶる震えて笑いを誘った。

最終的な結論は、大根の皮を甘辛くきんぴらにして、ニンジンとゴボウと一緒に並べて3色きんぴらとして飯田の名産品にしよう!と盛り上がった。

 

私はアリだと思った。

 

3回目の公演も、内容が違った。幽霊になった大根とゴボウとニンジンが、良太の成長を喜び合うというもの。親目線からの愛情深いストーリーが胸を打った。

 

4回目は良太と観客との会話劇だった。他の誰も登場しない。それでいて飽きないのは、慣れてきた観客の心の触れ合いを喜び、即興で会話していく楽しさをしっかり植え付けたからこそできる芸だった。ほぼリピートして来ている観客は、すでに、良太が何を言っても笑う。

 

最終5回目は、最初の観客の人数の倍は集まっていた。青年は、緊張しているのか疲れているのか、少し表情が固い。何度か私と目が合った気がした。私の包帯を気にしているのかもしれない。仰々しい包帯姿の女が一人、同じ場所で最初の公演から連続で見続けていることにはおそらく違和感しかないだろう。

 

カラスが鳴いた。

 

突如人形劇は始まった。青年は、顔を出したままだ。今までは黒子をしていたので、青年の表情はわからなかった。今回は表情が見える。そして、良太の手に棒がつけられていた。

 

棒使い人形。良太の顔は青年の右手でぱくぱくと口が動く。人形の両手についた棒を、左手で操作して、肩を支点にして自由自在に動く。まるで生きているかのように。

 

そして、舞台に隠れることなく、観客の前で、腹話術で良太と会話を始めた。

 

青年 「良太くん。」

 

良太 「何?」

 

青年 「良太くんはこの飯田に来てよかった?」

 

良太 「よかった〜!!!!」

 

青年 「うん。そんな顔してるね!何がよかったの?」

 

良太 「一番良かったのはね、野菜が食べられるようになったこと。」

 

青年 「ほんとだね!それから?」

 

良太 「それから、ここにいるみんなに会えたこと!一番嬉しかった!」

 

青年 「みんなに会えたね〜!これも一番なんだね?」

 

良太 「うん!一番!」

 

青年 「わかったよ〜他には?」

 

良太 「他には、この飯田の空気の美味しいこと美味しいこと!これも一番!」

 

青年 「うわあ!これも一番!すごいね!他には?」

 

と、続く。だんだん観客も参加し始める。みんなの一番を発表し始める。それを良太が感動し、青年が褒める。その繰り返しだ。テンポが良くて面白い。不意に私に質問が来た。

 

良太 「お姉さん。お顔、痛かったでしょう。早く治るといいね!」

 

え?私のこと?あ、う、、、、。どう返せばいいか、咄嗟のことで出てこなかった。そこを汲んだ青年がこう言った。

 

青年 「良太くん。お顔も痛かったのかもしれないけど、もっと痛かったのはきっと心なんだよ。」

 

良太 「心?」

 

青年 「そう。心。怪我するときには痛いのは体なんだけど、そうなってしまった自分のことをバカだな〜、あの時飛び出さなければこうはならなかったのに!とか、あの時もっと周りをみていればこんな怪我なんかしなくて済んだのに。お医者様にも、家族にも辛い想いをさせて、私のバカばかばかって思っちゃうんだ。」

 

良太 「へえ〜。人間って大変だね。」

 

青年 「おいおい。君も人間だろ?」

 

良太 「僕人形〜〜〜」

 

笑いが生まれる。でも私は笑えない。

 

心が痛い。心が痛い。そう。心が痛い。ずっと痛かった。私が娘を殺した気がしてならなかったのだ。

しなやかな筋肉をつけて欲しくて、スイミングを勧めたのは私。頑張ったらアイスクリームを買っていいよとお小遣いを渡したのは私。もう一人で行って帰って来れるでしょ?と言って突き放したのも私。

 

私が娘を死に追いやった。

 

青年 「違う!」

 

え?

 

青年 「良太くんは人形の形をしているけど、人間なんだよ。君は、今朝大発見をしたんだよね。野菜を食べることができなかったのは、噛むと野菜が痛がるんじゃないかと思って噛むことができなかったんでしょ。野菜のみんなは、それは違うよと教えてくれた。音楽になって、エネルギーに変わると。」

 

良太 「う、うん。そう・・・だよ」

 

観客は水を打ったようにシーンとして耳を傾けている。子どもたちにとっては難しい言葉なのに、真一文字に結んだ口元や、眉間に寄せたシワを見ると、懸命に理解しようと努力しているのがわかる。

 

青年 「つまり、人間は思い込んで間違ってしまうものなんだ。」

 

良太 「思い込んで間違う?」

 

青年 「みんなもあるんじゃないかなあ。例えば、朝空を見上げたら黒い雲が山の方からゆっくり向かってくる。それを見てこの後どうなるか。みんなはどう思う?」

 

子どもたち 「雨が降る!雷が鳴る!雪が降る!」

 

青年 「さすが!そう。雨が降るかもしれない、雷がなるかもしれない、雪が降るかもしれない!でも、降らずに昼までには晴れてしまった。としたら?」

 

良太 「間違い〜!!ブッブー!」

 

青年 「ブッブーは余計や笑」

 

良太 「ごめんなさい〜!そういえば、僕はそんな間違いばっかりや!」

 

青年 「それでいい!間違えばいい!思い込んで考えすぎて、やってみたら全然違うことになったっていい!雨が降ると思い込んで傘を持っていったとしても、恥ずかしいことではないんだ。思い込んだおかげで、普段あまり使わない傘と一緒に登下校の時間を過ごせたことになる。そして気付いたりするんだ。その傘のことが大好きだってこと。」

 

良太 「あ。そうか。思い込んで間違えたとしても、間違えたことを反省したり、懸命にやったことを自分で褒めてあげたりできるってことや。」

 

青年 「そうだよ。ダメダメだった自分でもいい。それでも、生きてる。生きているだけでいい。それだけで、周りの人たちが嬉しい。」

 

良太 「でも間違えたら周りの人に迷惑かけることにならん?」

 

青年 「迷惑はかけてもいいの。わざと間違えたり、相手を傷つけたり、暴力を振るったりして迷惑かけるのではなく、自分が信じてやったことや、思い込んで頑張ったことや、考えて動いたことで間違えたことは、謝ればいい。ごめんなさい。と言えばいいの。」

 

良太 「あ。。。」

 

青年 「良太らしく、ありのまま、正直で嘘のない、いつも本気で生きている君が僕は好きだ。どんなに間違えたっていい。君は君らしく生きろ!」

 

良太 「わかった。僕は僕らしく!」

 

その瞬間、私の中で何かが弾けた。観客の皆さんも同じだったみたいで、青年と良太のやりとりの中にある、人間への深い愛情と、どうせ思い込むなら自分が幸せになる方へ思い込んでいこう!という全肯定の言葉のシャワーを浴びまくることができる、静かな静かな一才笑いの起きない、ジンジンくる感動の人形劇がそこにはあった。


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と、これが全容になります。

人形劇というのは、子どもが見るものだという概念を完全に崩されます。

もし、皆様が今後、野田さんの人形劇を観る機会があったら、その感動を体感していただきたいと思います。

人形が、生きてます。

なぜ生きているように見えるのか、それは野田さんが、「人形は生きている」と信じているからです。

信じている人の気持ちに、人も人形も物も動物も、ちゃんと応えてくれるものだと知っているからできるんだと思います。

野田さんの人形劇のスタイルは、即興が多いと聞いています。その場の雰囲気で、ストーリーもどんどん変えていくというもの。ある程度のあらましがあって、そこにお客様の反応をみながら、セリフを加えていき、その反応によっては、内容すらも変えてしまう。

それができるのも、人形への深い信頼があってこそだと思うのです。

人間も同じかもしれない。

 

相手への信頼があってこそ、人間は伸び伸び動けるし、頑張れる。自分の気持ちを預けられるから、余裕ができる。どんな言葉が来てもそれを受け止め、受け入れ、許すことができる。

 

信頼あればこそ。じゃな

 

【後書き】8  ラジオドラマにするための苦悩 へ続く

【後書き】6 野田さんからの悲鳴

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野田さんの悲鳴はこちら

私の記事に、軽いクレームがついた。ご本人からである。

しかし、これは誹謗中傷ではないぞ。

4文字熟語で言うと、、、なんだろう。

野田さんへの、『叱咤激励』ってほどでもないな。

鼓舞激励。でもない。4文字熟語ひとつだけでは説明できない。あ、いくつか使って説明できるかもしれない。

行雲流水の如く全国を巡った野田さんの、千古不易なる大慈大悲をここにあらはし、三思九思と悩み、一視同仁の心で色即是空を体現する様を少しでもここで紹介し、仁者無敵の理を私の寿命の尽きるまで説いてみたい』

ということになる。

大袈裟に書いたけど、要するに、野田さんのでぇれぇおもれぇそのキャラクターを惜しみなくバラして、皆さんに幸せ〜な気持ちになっていただく、という壮大な企画だと思っていただきたいのですね( ´∀`)

そうそう。そうなんです。

私が、このブログを始めた理由もそこにあったのだ。


一人のキャラクターにフォーカスして表現するってところが面白いじゃろ?


例えて言うならば、ペットの愛らしさや賢さを書いて発信しているブログとか、幼い我が子の可愛さを発信しているブログとか、大好きなアイドルや、推しメンの素晴らしさを発信しているブログなどと同じカテゴリに入る。

私の場合は「ちょっと間抜けで、おっちょこちょいで、器用になんでもこなせそうなのに不器用で、行くところ出会う人起きる現象全てにすこーし関わって去っていき、温かい何かを残していく不思議なおっちゃん」がその対象である、ということになる。

彼を追い、観察し、その全てをここに書き残すことが、全国の善良なるおっちゃん達はもちろん、疲れ果てた主婦のみなさま、悩み多き思春期の子ども達、その道のプロと言われる職人さんたち、苦しみを抱いて今にも消えようとしている繊細なる人々、そして私のように病気が進行して諦めるしかない状況にいる人たち、にとっての「希望」になると思うのだ。

その希望は、かっこいいところばかりでは生まれないのだ。ずっこけアンビリーバボーな言動と行動が小さな笑いを生んでくれて、この人ならずっと安心できるという宗教を超えたスーパー信心が生まれ、不器用ながらも表現者として努力し続けている生き様を見て生まれてくるものだ。

野田さんは、完全無欠の人ではない。何でもできる凄い人!ではないのだ。あえて言うと、穴だらけ隙だらけ。油断しすぎて騙されていることがわからない。これまで、のぶさんから聞いた話だけでも、自分が使うお金以外で使ったお金、は勘定できないほどあるとのこと。だからいつも金欠病。

もっと自分のために時間を使えばいいのに、と思うけど自分にはあまり構っていられないほど忙しくてせわしくて、慌ただしい。時間がないことを当然だと思っているからそれに関しての愚痴もない。

本当は、もっと楽にできる方法を知っているはずなのに、なぜか苦難の道を選んで歩き、怖がりでビビりなくせに震えながらも楽しもうとしている。。

正直、、、

ドMか。

と思ってしまったりもする。。。


ごめんせぇよ野田さん。ここは言いすぎたかもな。でも、筆は止まらんのじゃ。


ただひとつ。素晴らしいのは、野田さんの周りに集う人々。

金もない、時間もない。

けど、人は有る。


野田さんの周りにいる人たちの厚みが凄い。絶対にこの人を守るんだと、決めて動いている人たちの集まり。危なっかしい彼を、あらゆる手段を使って、密かに守り抜いていることを野田さんは知らない。いや、知らなくていい。またいらん気を使うから。

あなたが、仙台四郎の如く、人々にしろばかと呼ばれながらも愛されて、会う人に福をもたらす神として舞い降りたなら、私はこのブログで応援しようと決めたのだ。

だから暴言失言、許してくださいな。ありがとう(^^)

これからも、自ら墓穴を掘り、地雷を踏み、しまったやばいと焦り、周りに気を使い、謝りながらも自分のメンタルを落とさないように工夫しつつ、しかしもうだめだとなったときは急に開き直って強くなり、平然として仕事を進め、終わってから足がガクガク震えてくるあなたのことを、全力で、書き残していきます。

この記事を読んだ時も、おそらく絶叫悶絶しながら、心が受け入れ準備をしていくんだろうな〜。おそらく2時間くらいかけて自分を納得させ、私を許す理由を上手に探し、私がこれを書かなくてはならなかった理由をこじつけ貼り付け、少しずつ平常心に戻っていき、いつもの野田さんに戻っていく。

そう。そんな人なのだ。

例えていうならば、ターミネーター2の形状記憶合金でできたT-1000、じゃな( ^∀^)



【後書き】7 30年前の人形劇ノーカット版 へ続く

 

 

【後書き】5 哀愁の登別(のぼりべつ)

けんごさんのお話の3日前の物語。のぶさんに聞いた話と、のぶさんノートと、福井の友人とのやり取りと、私の想像力でまとめてみる。

野田さんは、青函連絡船に乗り北海道に渡ります。そこから登別(のぼりべつ)のオロフレまで走り抜いていきます。青森のさゆりさんのお父さんに直してもらった手作りカムは順調に機能して、時速20キロ以上出してはいけないルールを守り、風の強い黄金道路も、何もなくて美しい襟裳岬も、神秘の洞爺湖も超え、登別。

ここでいったん止まった理由は、賑やかなお祭りが目に留まったかららしい。しかし、もう終わりかけ。

 

公民館にバイクを置いて祭りの屋台を練り歩く野田さんは、小さな公園の半分を埋め尽くす舞台に着目。人形劇がしたくなる。いったんバイクに戻ろうと、踵を返すと声がかかる。

「にいちゃん。どっからきたんね?」

村のお爺が、野田さんに向かって話しかけた。ちなみに、野田さんは、誰かれ声をかけられてしまう性質があり、歩いているだけでどんどん声がかかったり、ものをもらえてしまえたりするので、友人からは一目置かれていたらしい。(一緒にいるとおこぼれに預かれるということで)

「大阪からです!」

おおそれはそれは遠いところから!すごい距離を走ってきたなー!なんと、あの原チャリで!え?所持金そんだけ?これ最後のビールや。全部持ってけ!泡だらけやけどビールには違いない!あらら、あかんな。じゃ、ツーカップや。ツーカップビール泡や。しばらくしたら一杯分や!!!


と、爺の後ろにいた3人のおじさんに、ビールサーバーでビールの泡だけをいただき、しばらくしてそれを合わせてみても、一杯の半分にも満たなかったがそれでもうまそうにすすった。

するとアナウンス。

「えーっ!司会のマナベです(バフッバフッ)入っとる?(入っとらーでー!)お、んだば今から、審査員長からのギョーム連絡な。あと30分で祭りも終わります。みなさん。できるだけ、自分で出したごみは、自分で持って帰って始末するように。(うたえー!)え?(おめーうたえー!)いやいやいやいや、おいら歌はだんめだー(最後に盛り上がるやつうたえっちゃーこのヤロー)いやいやいや。(今回のオケタイは棄権ばっかりでー)あ、それはもう終わったことで(ヤオチョー!)いやいやいや(チャリンコ結局おめーの親戚当たってばよこのヤロ)汗。汗。汗。いや、それはたまたんま(ヤオチョー)」

「かせっ(お!審査員ちょー!)この酔っ払いガー!わかった。そこまで言うなら白紙にもどさでよ。そのかわりおめーも出てこい!出るやつは並べ!審査員はここにいるむらんしゅ全員じゃ!」

祭りはクレーマーの一言でヒートアップ。審査委員長と呼ばれた人は、怒っている様子はなく、面白いことになってきたとばかり、司会にマイクを渡しながらニッコニコ。

野田さん、泡を舐め尽くして何が起きたんだ?とボーッと立ってたら、さっきビールをくれた3人衆が、あんたも出てこい。旅の思い出、旅の思い出( ̄▽ ̄)といって、野田さんをステージ前のエントリー席に無理やり座らせてしまった。

すぐさま、曲名を聞きにきたメガネの男子に、伝えたのは二曲。

夢芝居。と銀座の恋の物語。

銀恋は、もしアンコールがかかったらこれかけてくれる?とお願いして。メガネ男子は黙って頷いた。アンコール曲を伝えてしまうところが野田さんの図太いところ。

まずは、夢芝居だ。梅沢富美男のヒット曲。

この選曲が当たった。

5人の出演者の最後の最後、自分で前奏の語りをした。それでもう、観客の心をガッチリ掴んでしまった。


イントロ ジャーンジャジャジャジャジャジャ〜ン、ジャージャーン、ジャージャ〜
「登別!この土地で根を下ろし、毎日汗水たらして働いて登別!母ちゃんに、あんたの稼ぎじゃ足りないんだよと叱咤激励登別!(いよっ!)父ちゃん一大決心して、わかったよ!そんじゃ出稼ぎ行くぞ東京へ!(いけいけっ!)東京行くならシャネルの五番をとルイビトンを買ってけーれとお母ちゃん。ああ、むなし。登別の夢はこれで散るのか父ちゃんよ。踊れ歌え。その悲しみをこの声に乗せて。ああ、むなしきこの世はああ夢芝居。(拍手喝采)」

伏目ガチに歌を歌いながら、踊り歌い、おばちゃんたちに手を振りながら流し目を切る動作。笑いと歓声が入り混じって異様な雰囲気に。

さっきのクレーマーおじちゃんが立ち上がって急に舞台に登ってきたが、それにも動じない野田さん。肩を組んで一緒に歌いたいおじちゃんを女性に見立て、追いすがってくるのをギリギリで避けつつ、観客からの笑いをとりつつ、最後はしっかり抱きとめて、照明の方に指をさして頷いて涙する演技をする。

観客は皆、痺れに痺れたわけだ。

ステージに向かって審査員長が野田さんに向かって歩いてくる。明らかに君が優勝だと言わんばかりに。

商品の自転車を自ら持って。割れんばかりの拍手の渦。

しかし、野田さんはマイクをそのまま借りて言い放った。

「ありがとうございます!この自転車は、僕は持って帰れないのです!バイクで旅してますので、残念!嬉しいけど!!なので、僕の独断と偏見で、この自転車をこの中の誰かに、差し上げたいです!!」

また歓声が上がる。今歌った人たちに向かって「いいですか?これ、あげちゃっても?」というジェスチャーに、出演者はどうぞどうぞと満面の笑顔。実はこの人たち、祭りの実行委員の盛り上げ役だと知ってか知らずか。

商品は、当時としては、なかなか良い自転車で、女性が軽々と乗りこなせるという新製品だった。

「えーーーーっと、、、」

しばらく眺めて、指をさした。

「あ!うん。あのお母さんだ。これ、使います?」

観衆から少し離れて立っていた初老の女性が、首を振った。横に。

「あれ?使わない?」

すると観客の中から、今日のオケタイの優勝者じゃー!と声が上がった。

恥ずかしそうに俯くお母さん。ヤオチョーと言われてさぞ辛かったであろう。

「それなら尚更、これをもらう権利がある!よかった!じゃ、一緒に歌いましょう。みなさん、もう一度お母さんの歌を聞いてください。」

メガネ男子はスタンバっている。うなずく野田さん。即イントロが始まる。マイクは一本。

舞台を降りてお母さんを手招きし側に来させ、お母さんを横に引きつけながらマイクを通さず、耳打ちする。

「一緒に歌ってください。旅の思い出なんです」

うなずくお母さん。

言わずとしれた名デュエット。銀恋。

二人で歌うシーンは、マイクを顔を近づけて歌う。

終わってみれば大喝采の嵐。自転車にそっとさわりながら、お母さんとニッコリ微笑み合い叫んだ。

「登別最高!!!ありがとうございました!この自転車は、お母さんに預けます!今度また僕が来るまで預かっておいてください。お願いします!」

拍手喝采。全員が、それを認めた。みんなが納得した。

全てが終わって、ゴミ拾いのお手伝いと、テントをバラすお手伝いをしていたらまたあの3人組がやってきて、にいちゃん。大人気やったのう〜。と大絶賛。公民館の中にある風呂に特別に入らせてもらったり、余った焼きそばとか、焼き鳥を大量にいただいたり、青年団が作ったというワッペンを頂いたりと、何かと貰い物のアメあられ。

その後も、旅は続き、夜中の暴走族との関わりや、京都からの旅人(自称北海道の達人)との出会いや、野宿先で朝起きたとき馬のよだれまみれ事件とか、様々な経験をしながらけんごさんの物語へと進んでいく。

あら。気付いたら3000文字を超えてるわ。。これは読んでいただくのもしんどい文字数になってますね。。長くなって申し訳ありません。筆が乗っちゃいました。。

後書きの方が長くなりそうなので、これらの話は割愛させていただきますねあしからずごめんなさい。もし、お知りになりたい方がいらっしゃれば、リクエストにお答えして、いつか書かせていただく所存です。よろしくお願いいたします。


【後書き】6 野田さんからの悲鳴 に続く


【後書き】4  野田さんが旅に出た理由

野田さんに、旅に出た理由を尋ねたのは、のぶさんだった。

遺品の手帳はA4サイズあり、その中にびっしりと美しい文字でネタが詰まっている。そのネタのほとんどが野田さんのことばかり。なぜ、そんなに惚れ込んでいるかはまた後日。

今日は、また会えたときに、の旅のルートを簡単に紹介する。

当時大阪で大学生だった野田さんは、人形劇サークルの一員。そこで、一回生の時に新歓公演で作った人形があり、しかしその人形を使って劇をするのは新入生歓迎の一回きりのものだったのだそう。だから、棚に眠っている人形たちが可哀想だと思い、こっそり旅に連れていき、どこかで上演してあげようと思ったのだ。

とりあえず、現金1万円。近畿方面の地図を持って、キャンプ道具なし、セッタをつっかけて、短パン、Tシャツ、耳の部分がオレンジ色のジェットヘルメット、バイクはHONDAのダックス。とりあえず奈良方面に向かって走ったのだそう。

天理市に入ったところで盛大なお祭りに遭遇し、ふらふらと入ってみたらたくさんの子どもたち。早速人形を出して一公演したところ、お祭り騒ぎの大人も混じって盛り上がったと。

幼稚園の理事長さんが、1万円のお捻りを下さったことで、奈良を越えて、三重まで行こうと決心。

四日市に到着したところで、疲れで息が苦しくなり、休憩。初の野宿。その夜、

 

『なぜ僕は原チャリで旅に出たんだっけ。。。』

小さな公園に置かれた、夏祭り用のヤグラの骨組みの中で考えた。ここで寝ようと段ボールを敷いたが、なんだか心がざわつく。

旅に出る前に考えるべきところを、祭りのヤグラの中でふと考えるのが野田さんらしい。

記憶の中に、先輩の言葉が思い出された。

「長野の飯田に、人形劇カーニバルという人形劇の祭典がある。これはいつかみんなで参加しような!」


そうだ。それだ。それを聞いて行こう!と思ったのに、なんで奈良に来てるんだ?

いえ、奈良にきた理由は、その3年後に就職する会社が、野田さんを奈良に配属するのです。そして、担当が天理市。その幼稚園の先生に再会し、大きな注文をいただく、という意味があったのですが、この時はわかりません。

「ならと、ながの、似てるかあーーーー!!!」

と地団駄を踏む野田青年は、ざわつく胸を抑えつつ焦って夜中、長野へ出発。

こういう行き当たりばったりな旅をするから、エンジンが故障して、さゆりさんの家の前で故障して止まってしまうのだ。

長野飯田に到着して、どこで人形劇をするかを選定。本来ならば、エントリーして、ワッペンをもらって、場所をスタッフに案内されてから、上演せねばならない。

決められた場所で、するのが決まり事。お客様もマップを見て来られるわけで。このままでは、お客様は一人も来ない!

今すぐにでも人形劇がしたい野田さんは、まず気持ちのいい神社を選び、境内の下にある竹や板や縄をお借りして、さらに社務所で暗幕も借りてきて森の中に舞台を完成させた。

それから、黒子をかぶり、人形を持って、営業に出る。人形を操りながら、子どもたちを誘導して、神社の一角に座らせてしまった。

で、そこに友達を連れてきてもらうというやり口。。

一回目の公演を見て、面白そうだと判断した子どもたちは、伝令のように走って散り、お客様を集めてくる。青年は喜び、大いに楽しい人形劇をする。

そこで、私と出会ったというわけ。

「人形劇カーニバルで、ゲリラ人形劇をする!」

 

これが、野田さんが旅に出た理由だった。


これだけのはずだった。

終わらなかったのだ。

使えなくなった近畿の地図はカバンの底に入れ込んで、飯田から、星空がすごい阿智村を抜けて、豊橋まで南下。そこから東海道を直走り、途中、親戚の家を転々としながら九戸街道を北上し、青森の青函連絡船に乗り込む一歩手前でエンジントラブル。さゆりさん。

直って北海道に渡り、けんごさん。

北海道でのご縁はまたさらにすごくて、、そして函館から日本海側を南下する行程がとてつもなく面白く。これだけで3本くらいはラジオドラマが出来てしまう。

 

ま、これはまた違う機会にお話しするとして、野田さんという人は、実は、本当に普通の人。すこーし不思議ーな力を持っているかもしれないなって思うのは、ある。

 

あなたの雰囲気と、あなたの考え方で、それがわかるはずないでしょう?ってことを、真顔でスラスラと言ってしまったりして、でも言った後は照れて戯けて有耶無耶にしようとして、わけわからない挙動をする人。

 

会ってお話しすると、本当に柔らかくて、ちょっとおばかで、どうしようもなく真面目で。不器用で。

きっと、これを読んでまた悶え苦しんでると思うので、これくらいにしておくけど。

野田さん。のぶさんがあなたのことに惚れ込んで、人生をかけてあなたの追っかけをすると決めてから出るわ出るわ!

 

おっちょこちょいなのにあったかくて、怖がりなのに決めたら曲げないし、鈍感なくせに妙に神がかってる。

そんな野田さんに関わる出来事(もはや事件)が全国各地で盛りだくさん。

 

相当楽しませてもらってるの。これからも小出しにします。ネタをありがとう野田さん❤️

 

だからお礼に、大多数の人々にたっぷり楽しんでいただきますから!!!(それが望みじゃろ?)

覚悟しいや!!(志麻風)これ好き(*⁰▿⁰*)


【後書き】5 哀愁の登別(のぼりべつ) - また会えたときに




【後書き】3  娘からの手紙は2枚あった

また会えたときにのドラマにはない物語があります。

娘の手紙は二枚あって、一枚は私宛

もう一枚は、のぶさん宛。


まずはお読みください。


お父さんへ

お父さん、お母さんのことを大好きでいてくれてありがとう。お母さんも、お父さんのことが大好き。二人が、おたがいのことを大切にしてることがよーくわかるから、わたしも二人をだいじにしなきゃと思います。お父さんはわたしとは血がつながってないけど、ほんとうのむすめのようにしゃべってくれるね。それがとってもうれしくて、ドキドキします。わたしのいいところをたくさん見つけてくれるし、わたしがしっぱいしたことをぜったいにおこらず、なぜしっぱいしたかをせつめいしてくれるし、くやしくて泣いてる時は、ずっとあたまをなぜなぜ(撫で撫で)してくれるし、おもしろいこと言った時は大笑いしてくれる、ほんとうにありがとう。わたし、お父さんに会えてほんとうによかったよ!もし、お父さんとお母さんがつらいとき、くるしいときがあったら、今度はわたしがずっとそばにいて、二人をだきしめて、なぜなぜしてあげるからね。あんしんしてね。お父さん、わたしのかわいいお母さんを、守ってあげてね。やくそくだからね。

                                 みぃより


この手紙を読んだ後、のぶさんは自分の部屋にこもって大泣きしてました。

もう二度と逢えない。二度と帰ってこない娘からの2枚の手紙には、私たち二人とも、感情も理性も崩壊しました。



気持ちが落ち着いたのは夜中でした。

二人で、娘が眠っている、海の見えるお墓に行こうということになり、歩いて行きました。手作りのプレゼントと、手紙のお礼を言うためです。

無言で歩き、お墓に着いたとき、みぃちゃんの匂いがした気がしました。彼女の香りは独特で、まるで金木犀の柔らかい香りがするのです。この時期には咲いてないのに、金木犀。

そしてお墓の前に立って、手を合わせ、のぶさんが耐えきれずしゃがみ込みお墓を手繰り寄せるようにして抱きついて泣きました。私はそんなのぶさんの背中と、お墓に手をつけて一緒に嗚咽。

そのとき、私たちは同時に声を潜めました。

頭に羽虫が飛んできたのです。それが首筋にまで届くような大きな羽。それを取り払おうとする反射が起き、二人同時に頭に手をやってわかりました。

虫はいなかったのです。

二人、顔を見合わせてまた涙。

最初は、娘の存在がなくなってしまったことによる喪失感で涙していましたが、娘の存在は消えていないこと、娘からの愛情を確かに感じられたことによる喜びの涙に変わっていきました。

本当は、羽虫だったのかもしれません。

しかし、私たちにとってはその体験は、娘の魂になぜなぜされた愛の形だったのです。

次の日から、のぶさんは変化しました。塾の募集を大きく始めたのです。今までは、大学受験のための塾でしたが、小中学生も受け入れ始めたのです。

事故で子どもの未来が奪われることが、今後ないようにと啓発も兼ねた塾を始めました。のぶさんらしい。

私は、病院で人形劇を始めました。野田さんの人形劇に感化されて、勝手にストーリーも人形のテイストも真似させてもらって、病院や公民館で、子どもたちに披露する活動を始めました。

最初はうまくいかなかったけど、仲間も増えていったので、楽しくやれました。

子どもたちの笑顔が、娘の笑顔。子どもたちの笑い声が、娘の笑い声。子どもたちの成長が、娘の成長。と、だんだん楽しめるようになっていったのです。

今、あの子がここにいてくれたら、、、と何度も泣きそうになりましたが、大丈夫。きっと見てくれている。お墓で私たちを撫でてくれたあの子は、今もそばにいて、私たちを見てるんだから。頑張らなきゃ!と奮起しながら生きてきました。

 

そして今、

もうすぐ会える。

娘に天国で、また会えたとき、その時は、私から声をかけようと思ってます。

「みぃちゃん。お母さん、あなたのこと1日も忘れたことなかったよ。会いたかったよずっと、会いたかった。」

娘は必ずこう言うはず。

「お母さん、よーう頑張ったねぇーー!お母さんの周りの人たち、素敵な人たちばかりでよかったねーー!みなさんにちゃんとお礼をしてからここに来た?」

こういう細かいところをチェックするのが娘の性格。そこも可愛い。

私が逝く時は、もちろん、みなさんにしっかり感謝を伝えてからと決めている。突然その日がやってきたとしても大丈夫なようにしてある。

感動の再会の日まで、あと何日かわからないけど、それまで、私は今の役割をまっとうするのみぞ。

やるぜよ。やっちゃるきにーーーーー!!!
NHKオンデマンド「龍馬伝」最高!福山さんかっこいい


【後書き】4  野田さんが旅に出た理由 へ続く

 

 

【後書き】2 お返しは、他の誰かに差し上げて

野田さんとのやりとりは、実は緊張する。

メールを投げてから返信が届くのはすぐ、のときもあるけど、2週間音信不通のときもあったりして、忙しい時にメールしたのかな、返しにくい内容で送ってしまったな、私のばかばか、、と心がなぜか乱れてしまうのだ。


今回は、劇中で送ったメールの内容、ほぼ同じで、あれを送ってからどういう返信が来たかを、ここで披露しちゃう。抜粋してるから読みづらいかもしれないけど、読んでくださいね。

あ、そうだ。実は、まだ野田さんには、このブログのこと、伝えてません( ・∇・)

ゾンラブ❤️ブログで野田さんの歌も勝手に発表しちゃってるから大丈夫かな〜と思ってたけど、女社長のみーちゃんが共犯者になってくれて、私のサプライズを実行してくれているので罪の意識も半分こ

まだバレてないらしい。

なぜそんな大それたことをしようと思ったのか。

それは、メールの内容を読んだらわかる。

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祥子さん

気に入ってくださって、本当に良かったです!

娘さんへの愛が溢れた歌詞に、僕もいてもたっても居られず、旅先のゴミ捨て場で拾ったギターですぐに作曲しました。避難所の一室で曲を作っていたら、その曲をみんなの前で歌ってくれというので作ってすぐに、人に聴いていただけました。

みなさん、祥子さんの思いを受け取って、涙してくださいましたよ。

30年前のことも、とてもよく覚えています。

娘さんを亡くされて、ご自身も死の淵から生還されて、あの木漏れ日の中で僕の人形劇をご覧いただいていたあの方が、吉川さんの奥様の、祥子さんだったなんて、人生って面白いなあって心から思います。不思議なご縁をありがとうございます。びっくりです。

娘さんの声、録音に入ってましたか( ´∀`)それは嬉しい!!

この歌は、公演する時には必ず歌わせていただいております。祥子さんの思いは、この歌に乗って、全国の苦しんでいるお母さん方を勇気づけています。そして、我が子を愛おしむお母さん方が増えています。少しずつですが。。

実は僕もこの歌で救われています。

大好き、という言葉を毎回口に出せるからです。

この言葉って、恥ずかしくて言い難いんですよね。人に対しても、ものに対しても。

でもこの歌には、大好きが三回も入ってて、歌えば歌うほど、ほっとするんです。

大好きなんだけど、素直に真っ直ぐ言えない自分がいて、表現したくても、実際それを表現してしまうと何かが壊れそうで怖くて。

それを言える祥子さんはすごいと思います。

祥子さんは、吉川さんとは違う表現の仕方で、僕の心を打ちます。僕と違って、文章も理路整然としていてわかりやすく、相手のことを思いやっている文章だから読んでいて優しい気持ちになれます。

ビジネス文書に毒されてしまった僕には、祥子さんの文章はオアシスです。

いずれできれば、祥子さん、本を書いてください。その経験談を読んだ人はきっと勇気が出ます。癒されます。共感します。僕は、それを読んでみたい。一気読みしたい。どっぷり浸かりたい。そして、読み終わった後、ああ大好きだーーと叫びたい。

祥子さんが世界に自分の表現を発表し、それが世界中の人が共感してくれて、感動の渦を巻き起こしてくれたなら、僕はそれが一番の喜びです。

僕にお礼を、というそのお言葉はありがたいけれど、それは要らないのです。僕以外の誰か、それは世界中のみなさんのことです。そのみなさんに、祥子さんがもらった命を使ってください。僕はそれを眺めながら熱燗でくい〜〜っとやるのが夢です。それだけで、僕は幸せです。お礼は要りません。その命を使い切って、祥子さんの生きた証を残してください。その財産が、たくさんの人を救うはずです。よろしくお願いします。

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とまあ、こんな感じ。

一気読みしたいって言うから。ね。黙ってたんだよ(^.^)

それと、これは以前のやりとりであったんだけど、

「祥子さんがやることなら、僕は全部受け入れます」

と言ったことがある。

よお〜〜〜し、じゃあくすぐっちゃうぞう〜〜〜と書いたらスルーされたけど。

きっと真面目に書いたんだろうな〜茶化して申し訳なかったな〜と思ったけど、その言葉だけは覚えておこうと思って。

 

だから、私がサプライズにしたこと、きっと許してくれると思う。

でも、自分のことが話題になっていることを知ったら恥ずかしがると思うなあ。すごいハニカミ屋さんだから。

時折、自分は全然大したことない人間だってことを発言する人だから、つまり案外、自己肯定感が低いんだわ。と言いながら、人には、もっと自分を大事に生きなさいと言う。どっちやねん!と正直思うときもある。

ちょっと足りない自己肯定感。

それを私が、爆上げさせて差し上げようと思っているのだ。

さあ、そろそろドッキリ暴露メールを送りましょうかね。イッヒッヒ。。

( ;∀;)あ・・・・・

ドクターに叱られる。

キャラクターがゾンビさっちゃんに寄ってる!しまったあーーーー!!!

【後書き】3  娘からの手紙は2枚あった へ続く

【後書き】1 奇跡は誰にでも起こせるってこと

奇跡という言葉は、私にとっては「嘘」だった。

娘が生き返ることこそが奇跡であって、それは永遠にあり得ない。ありえないことが起きてこそ奇跡だから、奇跡はこの世に存在しない。

とまで思っていた。

しかし、野田さんの出現によって、私は生きていていいのだと思えたし、娘の存在を今は強く感じることができる奇跡を味わっているし、昨年他界したのぶさんの魂も、すぐそばにいてくれている感覚がある。

さらに言えば、このまた会えたときにラジオドラマ企画を始めてから数々の奇跡が起きてきた。

まず、私の体調。実際には種々の数値は変わっていない。出来物も消えていはいない。ではなぜ動ける?なぜ希望を失わない?なぜ書くテンションが下がらない?

いっちゃん(掃除屋いつこさん)に言われた「あんた、長生きするで」の言霊(昨日も言われた)もあるだろう、そして記事を書き続けるミッションに燃えてる(遺すことが仕事)のもあるはず、それから私の記事を読み続けてくださる皆さんの存在(これが一番大きい)を感じているのもあり、側に居て、この痛みや哀しみを受け止めてくれる人々(感謝しかない)がいてくれて、私はまだ生きている。

最愛の娘を喪うという、人生で一番経験したくないことを経験し、神様なんていない!と儚んでいた私だが、今は違う。もちろん悔しいし、悲しい。

でも、私が経験したことをここで綴ることで、もしかすると同じように苦しんでいる人の気持ちの、小さな支えになるかもしれないと思えたのだ。

劇中の青年、野田さんは、出会う人々に優しい思い出を残して去っていった。その思い出は、やがてその人が岐路に立つとき、ふと思い出されて力になる。その力は野田さんが起こした奇跡ではなく、当事者がその岐路で踏ん張り、自分を律し、鍛え、決断し、動いた結果で奇跡が生まれていった。

そう。

奇跡は、誰かが起こすように見えているけど、その誰かにきっかけをもらった自分が、自分のため(誰かのため)に動いて、自分で決めてやった結果、周りを巻き込んで自然に起きていくもの。

だと思う。

私がそうだから。

野田さんにきっかけをもらって、そこから自分に向き合わざるを得なくなり、逃げてきた感情と対峙して涙し、私の良さ、いいところを表現する、という恥ずかしさを克服したからこそ、今がある。

ゾンビさっちゃんの似顔絵。これをよく見るとわかる。私の右目はもう見えない。左目は腫れて開きづらい。口の中はずっと腫れて突っ張っているから口が張り詰めている。

でも、不思議。そのおかげでちょっと笑顔に見える。見開いた右目は、今までなるべく開かずにいたけど、今は堂々とぱっちり開けている。その目を野田さんに褒められた瞬間、開いていいんだ、人に見てもらっても大丈夫なんだ、私の宇宙は綺麗なんだから、見せてあげなきゃ!に発展し、このようにぱっちり開けているわけだ。

自分のダメな部分が、最高の部分に変わり、それを自分で認めて、そこを好きになれて、それを人に伝えることでさらにお気に入りになっていく。その変化が、周りを変えていくことがよくある。その実践を、今やっている最中。



こんな私が、奇跡を起こしてる。

こんな私でも、奇跡を起こせる。

こんな私だからこそ、奇跡を喜べる。

こんな私にとって、周りにいる人たちこそ奇跡。

こんな私は、こんな私でいい。



野田さんが言った人形劇中のセリフ。

「どんなに間違えたっていい。君は君らしく、いつも本気で生きろ」

どんなに間違えてもいい。私は私らしく。それがなかなかできなかったのに、今はできている奇跡。

きっかけをもらった私のお礼の仕方は、今度は私が誰かのきっかけになること。それでいい。

野田さんからのメール返信を読んで、確信した。それはまた次回ね♪



【後書き】お返しは、他の誰かに差し上げて に続く